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腕がギブスでグルグル巻きです

もう70代も半ば。
それでも高円寺で床屋をやっています。

私の母親は気丈な母親です。
いや、気丈ぶっている母親です。
こんな事を書いたら、怒られるかもしれませんが、、、

ある日、脚立から落ちたと連絡がありました。
大丈夫だと本人は言い張っていましたが、結局は骨にヒビが入り
ギブス固定になりました。

gibusu.jpg

直後に整形外科に行かなかった母親
それを聞いて、激怒した息子(私)。
「迷惑かけるかと思った」という母親
「後から処置対処する方がよっぽど迷惑だよ!」と更に激怒する息子(私)。

子どもの頃から、両親は厳しく頭が上がらない関係性でしたが、
年老いてからは、何かと困った判断をすることが増えてきました。
問題を大きくしないように気を遣っても、結論が間違えた方向に、、

しかし、数日しばらく考えました。

私も人の親になり、我が子の成長を想像する立場になったから思うのかもしれません。
もし、我が子が30年後、70歳半ばになり老いた私に何を言うのか考えたのです。
また、それを言われたら私はどのように思うかも考えたのです。

兎角、人は相手の立場になりにくくなってしまう場面があります。
それは、肉親や妻という近しい存在のに対してその傾向が強いと思っています。

地域的には8kmほどしか離れていない、吉祥寺と高円寺。
近くに住んでいるとはいっても、当方の忙しさにかまけて2カ月に1回あえばいい方です。
酷いと半年くらいは会わない時もあります。

有事の際、また子どもの節句や祝い事、父親の命日、行事があると会食はします。
しかし、ここしばらく旅行はおろか、互いの家に泊まることすらしていません。

仕事が忙しい。

母は私の仕事を熟知していて、私に取材がはりつくとテレビでも新聞でも、その取材に応じます。
床屋のお客様には私の話をしているようです。ある意味、人と携わり教育をしている息子は誇りのようです。
床屋には私の教え子の個性豊かな卒業生たちがまだ通っているようです。

が、、その息子は忙しさ故に会いにも来ません。

母親の人生を考えることがあります。
愛媛県宇和島市の市外山奥で育った母は、若い頃に初婚。夫をすぐに亡くして、
単身東京に出稼ぎに来たようです。そこで知り合ったのが私の父親。

初婚時の息子(兄)と再婚時の息子(私)を育てました。
小さな床屋でも地元に根ざしており、お客さんの絶えない床屋でした。
私を私立中学校へ入れて、その後も高校大学は私立。

兄は早々に家を出ていたのですが、私も就職が決まって働き出して、半年で家を出ました。
その後は父と二人きりの暮らし。
その父が亡くなったのが15年前です。

母は15年間一人で暮らしています。
その間にも色々な事がありましたが、気丈な母は弱音を吐いたことがありません。

床屋が腕を負傷。ギブス。

私も妻も忙しくはありますが、母の老後を真剣に考えて、人生を労う必要があると思っています。

何故なら、今の私があるのは、その母が私を厳しくしつけてくれたからです。
父と母の教えがなければ、私の信念は発生しなかったのです。
そして、その教えは脈々と娘達、そして、教え子たちに広がっています。

いわば、、その源流なのですから。

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Tag : 母親

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