FC2ブログ

あらがうこと あがくこと

知人もライターとして活躍している雑誌のネット記事を読んで感動しました。
今回はプロスポーツ選手にスポットを当てているのですが、、
その選手、いや、今はコーチですが、、

石井琢朗

野球好きなら絶対に知っている名前ですが、キラキラのスーパースターではありません。
この人と私は同じ年生まれ。もちろん、私はプロスポーツ選手ではありませんが、大いに共感して涙が出てきました。
クラブチームでも、まだ細々とラグビーをしたいと思っている一人として、、そして、若者を育成する立場として。

img_6e6959bdbcd4df4c11f03734ad7fe2ef24476.jpg
img_560abb33941a83177254227ffb003e468150.jpg
images.jpg

石井琢朗 (Takuro Ishii)
1970年生まれ。足利工業高校では1年夏から背番号1をつけ、2年夏には甲子園に出場。89年横浜大洋ホエールズにドラフト外で入団 。高卒1年目から開幕一軍入りし、10月には先発して初勝利をあげる。92年野手に転向、登録名を石井琢朗に変更 (本名は石井忠徳)。転向1年目からレギュラーを獲得し、翌年にはゴールデングラブ賞、盗塁王に輝く 。98年にはマシンガン打線の1番打者として日本一に貢献。最多安打と盗塁王にも輝いた。2006年には2000本安打を達成。
08年のシーズン終了後に球団から引退勧告を受けたがこれを拒否して、広島東洋カープへ入団。4シーズンプレーし、12年に引退。以来、広島のコーチを務める。通算2432安打は歴代11位。



以下は、抜粋記事となります。
前文をお読み頂きたいので、URLも添付しておきます。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/6930

↓記事抜粋

外様としての立場を受け入れ、謙虚さを手にして、石井は違う色の花を広島で咲かせた。広島で4年間プレーし、
12年にユニフォームを脱いだ。

 「自分の無力さを突き付けられる日々だよ」

 そう言って笑う石井の目尻には、すでに貫禄が刻まれている。広島で専任のコーチとなって、4年目を迎える。

 「試合が始まれば、自分ではどうにもできない。『やるのは選手だから』って、よく日本一になったときの監督だった
権藤さんが言ってたけど、その領域には、まだ程遠いかな」

 「もがく」。石井はよくこの言葉を口にする。「ベテランはさ、簡単に辞めるということを口にしてはいけない。
長く試合に出続けてきたってことは、すごいことなんだ。ベテランならではの意地や執着心は、
そこまでいったことのある人間にしかわからない。だから、もがいてほしい」

 思いがあるからもがく。情熱があるからしがみつく。それは決して、みっともないことではない。

 「もっとうまくなりたい。最後の最後まで、それしかなかったよ」

 正解は、ない。答えは自分で決めることができる。


↑抜粋終了


そうなんだ。
もっとうまくなりたいと思う気持ちなんです。
もっと、上手に話したい。
もっと、うまく伝えたい。
もっと、うまく導きたい。
もっと、、もっと、、

そして、その答えは自分で探すもの。
その評価も最終的には自分で決めるもの。

※ここまで読んで頂きありがとうございました!!
記事を書く意欲が出ます!
下の3つのバナークリックの御協力をどうかよろしくお願いします。


↓みんながんばれー!!と、ポチッとお願いします!
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村



↓こちらもポチっとお願いします。

人気ブログランキングへ





関連記事
スポンサーサイト



テーマ : 生きる力 - ジャンル : 学校・教育

コメント

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)