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設計と現場

設計担当者が現場の泥臭さを知らないなんて言う話しは、建築現場でよく聞かれます。
「まったくよぉー、、現場の事考えないからこんな設計になるんだよぉ、、」
我が家の建築でも聞かれた職人さんのセリフです。

実際に、図面で収まっているものが、実際の現場で変更して工夫する場面も多くありました。
その都度、職人さんの腕前と経験からくる工夫には驚かされたものです。

もちろん逆に、設計担当者からの意見もあろうことでしょうし、
設計側が緻密な重量計算や耐震構造、建築技術の進歩の為の開発や新技術の導入をしなければ
建築そのものの進化はできませんし、耐震、免震、防火、耐火の安全の確保できません。

と、、

とかくプロフェッショナルの仕事は、そのような開発、設計、構築、模索する
研究者や専門家、学者の側と、現場で汗を流す現場の側に分かれがちだと思います。

現場の側は、長年の経験が知識の蓄積となり、それが感覚や勘という言葉で研ぎ澄まされ、
現場での仕事ぶりに繋がるのでしょう。

教育界も同様だと感じる場面が多くあります。

特に昨今は現場で教育に携わる先生方の労力は増え続けています。
教育の問題は知育教授だけでなく、精神的に深い部分の問題(解離性障害、PTSD等)や
保護者の問題(虐待、保護者のADHD、モンピ等)も対応の必要が出ています。

専門家は、精神科や心療内科、臨床心理士、カウンセラーなど、その専門分野から
子ども達の状況を分析して対処法を考えます。
また、文部科学省も教育を円滑に進めるための策を練ります。

しかし、、
この間には、先に述べた「設計と現場」と同様の溝を感じることが多くあります。
現実離れした理想論を具現化しなければいけない現場。というケースもあれば、
経験論でしか指導せず、細心の教育知識を拒む職人肌の現場というケースも。

刑事ドラマで見られるような、「事件は会議室で起きているんじゃない!」は共感はしますが、
昨今は、その2サイドに分かれている状況そのものに疑問を感じるようになりました。

全員に必要だとはいいませんが、一部でも専門的な知識を持った現場の人間がいるべきだと思います。
既にそういう方がいるのかもしれませんが、どうも専門家の肩書がつくと現場での労作を避ける傾向もあるように感じています。

いつまでも現場主義でいたいと思いつつも、、
偏ると新しい知識も入らなくなり、錆びた刀になってしまうのでしょう。
そして、制度や考え方を変えないと変化する世の中で発生する教育問題にも対応できないのでしょう。

普遍的な信念は保ちつつも、新たな知識も入れつつも、制度にも関心を持ちつつも、、
現場主義でありたいと思っています。

これも理想論かもしれません。
でも、、
学校で理想論が言えなくなったら、どこで理想論を言うのでしょう。
学校ぐらいは理想論を掲げて邁進できる状況であってほしいと願います。


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テーマ : 生きる力 - ジャンル : 学校・教育

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