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年頭の挨拶 教育について

教育について>

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昨今の私の口癖「教育は振り子である」
これは、学力偏重主義から受験戦争となり画一的な学力重視で余裕のない時代から、
徐々にゆとりを持たせて、子どもの自由や人権を尊重した自由度の高い教育を目指すようにシフトしたのが30年前くらい。

ただし、これは振り子のように極端に振り過ぎてしまった方針から、反転してバランスを取ろうとしたように考えると、
振り子は中道で止まることはなく、逆側に振り過ぎてしまう様子を想像してそう言っています。
ゆとりに振り過ぎてしまった振り子は、そこから更に反転の必要性を感じる時期ではないかと思っています。

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個人の権利を主張し過ぎる人が多くなり、自己中心的で他者の迷惑を顧みない人が多くなってきている昨今、
非常に生活しにくい社会になりつつあると感じるのは私だけでしょうか。
自己主張が聞き入れられることを前提とした生き方は、傲慢になり、それが叶わないと癇癪を起すような、
そんな人達ばかりの社会は非常に脆弱なものではないかと思うのです。

例えば、、最近の実例ですが、親御さんからの相談で「会社の新入社員たちの傍若無人・天真爛漫ぶりに手を焼いていますよ」
という話を聞いていると、、、

新卒社員の中には、
・勤務時間にトイレにこもり、トイレの中でメールを打っているようだ
・注意をすると逆切れする
・根拠のない自信だけを持っていて、それが折れてしまうと会社に出てこなくなってしまう
・常にスマホをいじっていて仕事時間を費やしている
・口のきき方を知らない、挨拶ができない、返事をしない
・時間にルーズで休憩時間と勤務時間の線引きができない
・人間関係のトラブルが多く、他者と融合することができない
・ごまかし、嘘をつき、質問に対して明確に答えない
等々、、
この親御さんは「どんなを受けてきたのか、親の顔が見てみたい!」とおっしゃるのですが、、
しかし!!
皮肉なことにその方の息子も在学中に同様の傾向、いや、その予備軍的な事象が多く見られるのです。
なのでは私は「鏡を見てはいかがでしょうか!」って笑いながら言いました!!

「自分の子どもをしっかりけないと、その子が大人になったら、どこかの誰かを困らせることになるんですよ。」
が、その後の口癖になりました!

子どもは突然大人にはなりません。
昆虫のように、幼虫から蛹(さなぎ)という変態期間をおいて成虫に劇的変化するのではないのです。

印象的な劇的な事象があり大成長を遂げる場合もありますが、それは例外として、徐々に大人になると思うのです。
そう考えると、今、社会で大人たちが悩まされている若者たちの事象は、それまでにどこでけられたかが、
どこで修業を積んで、どこで教わったかが問題であり必要なのだと思うのです。

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昼夜逆転の子どもが、フレックスタイムの学校に通うのもいいでしょう。
しかし、一部の生徒はそこで自分の人生観を創造して確立することもあろうかと思いますが、
大部分の子どもはその環境に順応してしまい、自分の都合に合わせてくれる環境で生きる方法を知ってしまうと思うのです。

平たく言えば、「寒ければ上着を着る」ではなく「寒ければ部屋を暖かくしてもらう、それか、暖かい場所を求める」になれば、
その環境に順応していくスキルが不足してしまうと思うのです。

更には、好きな事を選択するのは大変重要な事であり人間の能力向上には必要な事だと思います。
しかし、人は好きなことの前に、「やるべき事」を行う必要性もあると思うのです。

言い方を変えれば、「やるべき事を行った人間こそが、好きなものを選択できる」が基本だと考えます。
その前提を無視した場合には、やはりわがままな自己中の人間が誕生すると思うのです。

何やら昨今は、やるべき事を無視して、子どもに好きな事だけを選択させてしまっている大人が多いような気がします。
食べ物も遊びも学習も学校も友達も、、、その子が大人になったらどうなるのでしょう。

もちろん、そんな中で自己教育によって周囲を分析し、自身を戒め、目標を決めて立派に成長していく子どももいるでしょう。
しかし、これまた多くの子どもが好きな物しか食べないで、好きな仲間だけど好きな遊びをして、苦労を嫌い、楽しいことにかまける。
そうなってしまう、いや、既にそういう輩が非常に世の中にあふれていて、問題も起きているのではないかと思います。

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最後に、私のもう一つの口癖ですが、、
教育は誰のためにあると思いますが?」と親御さんに聞くことが多くあります。
「子どものため、いや、子どもの将来のため」と答える方が大部分です。
中には「家族のため」とか「親のため」とか「学校のため」(笑)とか様々ですが、、
正解は、、
「社会のために教育がある」
だと思います。
教育が施されず、常識を知らない、礼儀を知らない、世の中の約束事も学んでいない人間が、社会に溢れてしまったら、、、
とんでもない社会になるでしょう。だから、教育は多くの方々が安心して暮らせる社会のためにあるのです。
ただ、もうこれも少々手遅れかもしれません。

打たれているはずの耐震杭が地盤に届いていないことを偽装。
廃棄処分にするはずの食品を横流しして販売する偽装。
運転経験の浅い運転手が帳尻合わせのためにバスを運行させて事故。
夢を与えるはずのスポーツ選手が賭博に興じて八百長疑惑。

清く正しく、自己を弁え、禅の心を持って、、、
という日本人像は時代劇の中だけになってしまったのでしょうか。

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テーマ : 生きる力 - ジャンル : 学校・教育

Tag : 教育 しつけ

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